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2008年11月

2008年11月28日 (金)

障害者週間

立川市では25日から29日までを障害者週間とし、公共施設の一角にパネル展示や福祉機器の紹介をしていた。

28日には市長と障害者の懇談会が約1時間開かれた。市側から企画政策課長、福祉保健部長、障害福祉課長が出席。市民は障害当事者を含め40人くらいが参加した。

この懇談会は平成22年度から始まる市政第3次基本計画策定のための市民参加の一環でもあった。

当日出席者から要望のあった数々

市のHPに掲載のバリアフリーマップの定期的なメンテナンス

障害者権利条約、差別禁止条約への市としての取り組み

重度障害児の保育園入園に特別考慮を(看護師の配置他)

介護保障の低下がないように

バリアーフリ新法への取り組み

点字ブロックの切れた歩道の修復

重度障害児が学卒後に日中生活できる施設の増設

・ヘルパー確保に市としても働きかけをなど

市長は「全て重要なことで市として考えて行く」と話された。前向きに取り組むように受け取れた。これからの具体策を一市民として見守りたい。

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2008年11月27日 (木)

富嶽 乃木 希典

     富士山によせて日本の秀れたことを詠んだもの

崚嶒(りょうそう)たる富嶽千秋(せんしゅう)に聳ゆ
赫灼(かくしゃく)たる朝暉八州を照らす
()くを休()めよ区々たる風物の美
地霊人傑是れ神州

他のどの山よりも高い富士山は長い年月を経て聳え立ち
煌々と輝く朝日は我が国を照らしている
小さな風景の美しさをとやかくいうことはやめて欲しい
土地柄がこの上なく秀れ人物も傑出していることこれが我が国の姿である

(崚嶒りょうそう)高く険しい
(
赫灼かくしゃく)光り輝く、赤々と燃える
(
区々)小さな事
(
朝暉ちょうき)朝日の光

2008年11月26日 (水)

爾霊山(にれいさん) 乃木 希典

     明治37年12月14日朝、白雪に映える爾霊山(にれいさん)を見て詠じたもの

爾霊山は険なれども豈(あに)()じ難(かた)からんや
男子の功名克艱(こっかん)を期す
鉄血山を覆うて山形改まり
万人斉(ひと)しく仰ぐ爾霊山

爾霊山はどれ程けわしくともよじ登れないというものではない
男子功名を立てようとするからには艱難に耐え克服しなければならないのは覚悟の上である
わが軍これを攻めて鉄血山を覆い爆薬のため山の形も改まった
今日この山を仰ぎ見てその忠魂を讃えない人はいないのである

(爾霊山(にれいさん))203高地のこと、日露戦争の激戦地、乃木将軍がつけた山の名前
(
鉄血)銃砲弾と味方の流した尊い血

2008年11月25日 (火)

法庫門(ほうこもん)営中の作 乃木 希典

     明治28年法庫門に陣し、その陣中での作

東西南北幾山河
春夏秋冬月又花
征戦歳余人馬老いたり
壮心尚(なお)是れ家を思わず

東西南北各地に転戦し、幾山河をふみ越え戦ったその間春夏秋冬を迎え月や花の季節もあったこうして月日が経ち既に一年有余になり人馬共に老いたが意気益々盛んで故郷のことなど少しも考えていない

2008年11月24日 (月)

子供たちの感想文

M小学校5年生との交流も10/28のまとめで終わった。皆が感想文を書いてくれた。
その中の一つにM.Yさんが書いてくれたもの。ふれあい交流の役目は果たせたか。

私は最初車いすの人はかわいそうだなぁと思っていました。けど、コバショウさんは、自分は車いすに乗っているけど幸せだよと言ってくれました。
コバショウさんは私達にめがねをかけてる人もめがねがないと目が見えないからかわいそうじゃないのと、聞かれ、確かにそれはそうだなぁと思い車いすの人も私達と同じだなぁと思い変化しました。

もう一つ
A小学校4年生O.S君の詩
「ふれあい」
人はふれあえば分かりあえる
人はふれあえば分かりあえる
たとえ目が見えなくても
たとえ耳が聞こえなくても
人はふれあえば分かりあえる
たとえみんなと話が出来なくても
たとえ手足が動かなくても
ふれあえばきっと分かりあえる
そう信じている

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2008年11月23日 (日)

金州城外の作 谷口廻瀾

     作者が昭和6年満州事変に師団長として出征し、その昔日露の役に乃木将軍の部下の一士官だった頃を思い出しての作

父は名君に捧じ子は親に捧ず
我来たって慿弔(ひょうちょう)し涙痕(るいこん)新たなり
金州城外秋深き処
(そぞろ)に憶(おも)う斜陽馬を立つるの人を

人の親として将軍は明君に奉じて殉死した。子は上官の命に奉じて戦死した。
この親、この子を思えば新たに涙が落ちるのである
今、金州城外に来れば秋の淋しさも一層身にしみて
そぞろに思い出すは将軍が馬を立て戦場を見入られている姿である

乃木希典の「金州城外」を思い浮かべながら作った詩であろう。

2008年11月22日 (土)

インフルエンザ予防注射

今年もインフルエンザの予防注射をようやく済ませた。
ウイルスの型が違えば効き目はないが、気休めとはいいながら万一に備えて。
注射代の一部を市が負担してくれるので、自己負担は2,200円。
市町村によって自己負担は異なるようだ。数年前に我孫子市在住の友人は自己負担なしと言っていたが昨今はどんなかな。
この予防注射は承諾書に立会人のサインが必要。いままでは妻の昭子と行っていたのでサインは昭子に頼んでいた。
今回はヘルパーと行った。サインは身内にかぎるということで、身内のサインが無理な場合は?:結局診察した医師がサインをした。

2008年11月21日 (金)

金州城外   乃木 希典

作者:嘉永2年長州藩士乃木希次の長男として生まれる。
西南・日清・日露の戦争に従軍し、特に旅順攻略に大功あり。

山川草木転(うた)た荒涼

十里風腥(なまぐさ)し新戦場

征馬前(すす)まず人語らず

金州城外斜陽に立つ

日露戦争第3軍司令官として203高地攻略の帰途、長男の戦死した新戦場を視察した時の作

山も川も草木も皆荒れ果てて
千里の遠方より吹く風は血腥い感じがするつい今まで戦っていたところ
馬は歩みを止めて進もうとせず、将兵はもくもくと
凄然としたさまに只々感に打たれ金州城外の夕日を受けて立ちつくすばかりである

詩吟を始めて一番最初に習った漢詩。
「坂の上の雲」で司馬遼太郎は作者の評価を低くしていたが、人間としての作者の評価は純なるものがあろう。数年前、乃木神社に行った。石段は車椅子を持ち上げてもらい境内を回った。
この詩の「新戦場」の語は奇異に感じたが、「古戦場」に対比する語とみれば現場の雰囲気を表している。

2008年11月12日 (水)

吟芳流吟扇会の吟行会

今年も吟行会に参加できた。ありがたいことだ。
場所は多摩センターのサンピア多摩、参加吟者20

08_2家から多摩モノレールを利用して1.5時間のところ
落ち葉を踏みしめ秋冷の雰囲気にひたる。
会は11時から始まり昼食をはさんで15時頃まで皆さん日頃の練習の成果を吟じ、懇親を深めた。

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コバショウの独吟は松口月城作「英霊南自()り還る」、南
洋で戦没した霊を思う構成吟で、漢詩、俳句、短歌、今様
からなるもの。
短歌は「靖国の宮にみたまは鎮まるも折々帰れ母の夢路に」、対象は異なるが亡き昭子のことを思い浮かべ選曲した。
初めから高く出たので高音発声に苦しみ、今回は失敗の吟。

Sさんとの合吟は杜甫の「江村(こうそん)
杜甫晩年の作、川のほとりの村の風景、家の中の老妻や子供達の動きそして年老いた杜甫自身は薬に頼るのみ、と日常生活を漢詩にしたもの。
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才台二人の選曲としてはよかったか。
上手く吟じられた。
来年も参加したいものだ。

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2008年11月 3日 (月)

秋の楽市

11/2と11/3の両日秋の楽市2008-「はな・まち・こころ」-が開かれた。記念公園みどりの文化ゾーンが会場。

市民、市内の農・商業者など多くの団体が連携・協働して参加した。

11/3に視覚障害者・身体障害者・精神障害者の仲間とテントを一つ借りて参加した。
インスタント紅茶・コーヒーを一杯50円で販売したり、仲間の手作り陶芸、コースター、紙漉き葉書も販売した。
車椅子体験、アイマスク体験も準備したが宣伝がうまく行かず希望者が集まらなかったのが残念。
コバショウはもっぱら客呼びに専念。小学校で交流した子供たちがお母さんと一緒に来ていたのでテントに案内。客引きか?

飲み物は当初100杯を予定したが、人気があり倍くらい売れた。といっても一杯50円なので収入はそれ程のものでないが。

障害者が参加するところに意義があろう。
来年は甘酒やお汁粉もメニューに加えようかと仲間と話し合った。

Rakuichi

2008年11月 1日 (土)

M小学校6年生と交流

6年生二クラスと10/7から交流をしている。車椅子ユーザー5人とグループを分担して。
子供たちとは5年生の時も交流体験をした間柄。

今回は電車やバスを使って子供たちが計画したところへ出かけ車椅子障害者の地域での生活を学んでもらう。
コバショウのグループは10/24と10/31に自宅の見学をしてもらった。
先生同伴の上、学校から徒歩、電車に乗り30分かけて、最寄りの私鉄の駅で落ち合い徒歩20分で我が家に。

約30分室内を見てもらう。玄関のスロープ、室内の段差をなくす釣り戸、チェアリフト、シャワー椅子、電話の子機など。
子供たちの要望で10/24はリンゴジュース10/31はなっちゃんのオレンジジュースを準備し飲んで貰った。遠路来てくれたお客様だから。安いおもてなしだ。

帰りは一緒に学校まで戻る。下車駅はエレベーターが設置されていず、チェアメイトを利用。子供たちは始めて見るおっかなそうなキャタピラ式階段昇降機にびっくり。しきりにデジカメを押していた。
学校で一言ずつ感想を。「もっと変わった家かと思っていたが、普通の家と同じだった。」の感想。
百聞は一見にしかずか。

次回は最後の交流を11/7に。どんなまとめの報告をしてくれるのだろう。

チェアメイト

株式会社サンワHPより

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