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2009年2月

2009年2月27日 (金)

R小学校5年生との交流

R小学校5年生の総合的な学習の時間みんなちがって みんなおなじ」25日と27日に障害者仲間と参加した。
27
日は東京には珍しい雪で寒かった。


5年生とは3年生の時から仲間が触れ合ってきた。3年生の時は視覚障害者と4年生の時は車椅子障害者と学習した。今回はそのまとめだった。


25日は三グループに分かれ27日の準備をした。音楽発表のグループ、会場飾りつけのグループ、買物グループがそれぞれ本番に備えて練習や準備をした。
私は音楽グループに入った。楽器はリコーダー・ピアニカ・鈴・タンバリン・トライアングルの中から障害に合ったものを選び、手首に付けるだけの鈴にした。仲間の一人はピアニカを選び息を出すだけで鍵盤は生徒が押してくれた。
曲目は「森のくまさん」「さんぽ」を楽器演奏と合唱で。東京学芸大学の学生さんも何人かボランティアで参加
詩吟で鍛えた?声で生徒たちと大声で練習した。


27日は全員 (生徒たち60名強、視覚・身体障害当事者9名・お母さん達10名ほどそれに先生方) が屋内体育館に集まり、次の内容で総合学習を進められた。
○あいさつ
○それぞれの活動

演奏する曲の練習をしたり、伴奏に合わせて合奏したりする。「森のくまさん」「さんぽ」を精一杯やった。
②体育館で飾り付けをする。
③ゲストティーチャーと一緒に買い物に行く。
 アイマスク体験をする。
○お礼の会
 ・3年生からのことをふり返り、学んだことや感じたことを発表する。(9グループから)
 ・音楽の練習をしたグループの発表、5年生の歌。
   
リコーダーの合奏
BUILDERS OF TOMORROW
合唱
「旅立ちの日」
○あいさつ


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年生全員が私達ゲストティーチャーに心からの会を開いてくれた。
先生方のご指導の賜物。生徒たちの目が光っていた。ありがとうの言葉しかない。

2月27日で2008年度の福祉出前授業は終わった。いずれ総括をしてみたい。

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本番に備えて練習







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全員の前で歌と楽器演奏







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リコーダーの合奏
BUILDERS OF TOMORROW

2009年2月26日 (木)

N小学校6年生とのふれあい

・障がいのある人と話したり、一緒に活動したりして、共に生きることを考える。


障害者のいつもの仲間4人で6年生と交流した。

三クラスの出会いの会を1月20日(火)に三時限使い自己紹介や次回の活動計画を立てた。

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ペットボトル利用のボーリング
なかなか上手くやれなかった






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ジェスチェアクイズ
二人一組でやってくれた






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ばくだんゲーム
ボールの送りは左右の子供がやってくれた






交流活動は2月3日(火) 2月20日(金) 2月24日(金)に行った。
ゲームをやったり料理をしたりしながら障害者の生活を感じてもらった。
共に生きることを考えてもらえただろうか。

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餃子の皮を使ったピザ作り
トッピングはキムチ、サラミ、ソーセージ、パイナップルほか
卓球台にホットプレートを。
調理場は各自の机を並べた。



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お母さんたちもボランティアに








昨年の12月4年生交流からスタートしたN小学校福祉総合学習も2月24日の6年生で終わった。学校側には大変お世話になった。
N小学校と来年度2009年度はどんな関わりが持てるだろうか。


2009年2月25日 (水)

雪梅 方岳

(作者)南宋の詩人で字は巨山、祁内の出身で紹定年間に進士となった。詩文の名手。


梅有り雪無ければ精神ならず
雪有り詩無ければ 人を俗了(ぞくりょう)
薄暮 詩成って天又雪ふる
梅と併(あわ)せて十分の春と作()


梅があっても雪がなければ霊妙な心になれない
またかりに雪があっても詩がなければ人を凡俗なものにしてしまう
夕暮れにやっと詩が出来て同時に空から雪が降ってきた
これで梅を加えて春は本当に味わい深いものになった

(俗了(ぞくりょう))平凡なものになってしまうこと

この詩を参考に新島譲が漢詩「寒梅」を作ったといわれる。
春の雪の中に白梅・紅梅が開くのは風情があろう。今春は暖冬のせいか梅の花は開くものの天から雪は降らない。

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2009年2月23日 (月)

春を探る 戴益(たいえき)

(作者)宋代の詩人であるという以外伝不詳、この一詩で名が伝えられる。


尽日(じんじつ) 春を尋ねて春を見ず 
杖藜(じょうれい)踏破す 幾重の山 
帰来(きらい)し 試みに梅梢(ばいしょう)を把って看れば 
春は枝頭に在りてすでに十分 


一日中春を尋ねてみたがどこにも見あたらなかったアカザの杖をついて山越え谷を越えて歩きまわった
やむなく家に帰りためしに庭の梅の梢を手にとってみると
思いかけず枝先の蕾がふくらんでいてそこに春があざやかであった

(尽日(じんじつ))一日中
(
杖藜(じょうれい))あかざの杖
(
踏破)歩き尽くす



愛誦吟の一つ
春を待つ心をよくあらわしている。
一説には「尽日」は「終日」であり、「幾重の山」は「幾重の雲」といわれている。
習っている教本どおりとした。詩の大意は変わらないと思う。家の庭の梅は白梅は散り、今は紅梅が満開で、ヒヨドリ・ムクドリが姿を見せてくれる。

2009年2月22日 (日)

N小学校5年生とのふれあい

車椅子障害者3人と視覚障害者1人のいつもの4人でN小学校5年生3クラスと交流してきた。

学校側のねらい
・障がいのある人と話したり、一緒に活動したりして、共に生きることを考える。

2/10出会いの時間
2/17活動交流の時間
を一クラス1時限、一日3時限使ってやった。


出会いの時間では二クラスは4グループに分かれゲストティーチャーの私達に色々質問し、次回の予定を話し合った。担任はノータッチ。
ところが一クラスだけは担任が全部仕切り、最初にする私達と子供達との挨拶もなし。グループに分かれるでもなく、全員で担任の決めた通りにゲームや歌やなぞなぞを嫌々やらされていたと見受けた。
子供達が乗っていなかった。

子供達が主体的になるかどうかは先生の指導如何によることがよく分かった。



2/17の活動交流の時間は各クラスのグループ単位で沢山ゲームをした。
二回の交流で学校のねらいを果たせただろうか。
いつもながら今回も疑問符がついた。

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伝言ゲーム







55 ペットボトル利用のボーリング








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だるまさんがころんだ

2009年2月18日 (水)

獄中の作   橋本 綱紀(こうき)

(作者)越前福井藩の医者に生まれる。
学深く徳高く勤皇の志篤く、西郷・坂本・桂等と交わり、藩主春嶽公の信任篤く、極秘の重要事項で水戸公へ使いした帰途幕使に捕らわれ安政610月7日千住小塚原に於いて斬られる。
通称左内ともいう。享年26


二十六年 夢の如く過ぐ
顧みて平昔(へいせき)を思えば感滋(ますます)多し
天祥の大節 嘗て心折す
土室猶()お吟ず 正気(せいき)の歌



わが26年の生涯を振り返ってみるとまるで夢のように短く過ぎたが
感慨は無量である
気高い節操の人文天祥を自分は敬仰していたが
彼が獄中で詠んだ「正気の歌」を自分も獄中で口ずさむ


(
心折)敬い慕う
(
平昔(へいせき))昔のこと
(
天祥)文天祥、宋の志士、「正気の歌」を作る
(
大節)大いなる節義



橋本綱紀=左内は医師の家に生まれ、医者を目指す。藩主松平春嶽公に認められ公武合体に尽力。
井伊大老暗殺のメモ(ふざけて書いたと言われる)を押収され安政の大獄で死す。

漢詩「獄中の作」は幕末の志士が沢山作っている。

2009年2月15日 (日)

冬夜読書 菅 茶山

(作者)備後の出身、19歳で京都に遊学し頼春水・杏平兄弟等諸師と交わり遊び後、故郷に帰り塾を開いて子弟教育に専念す。頼山陽など多くの門人が出た。80歳で没す。


雪は山堂(さんどう)を擁(よう)して樹影(じゅえい)深(ふか)し
檐鈴(えんれい)動(うご)かず夜沈沈(ちむちん)
閑(かん)に乱帙(らんちつ)を収(おさ)めて疑疑(ぎぎ)を思えば
一穂(いっすい)の青燈(せいとう)万古(ばんこ)の心


雪は深く積もり山中の家を包み木も深々と雪をつけて家を覆っている
風も止んで軒端の鈴も動かず夜は深々と更けて行く静かに取り乱した書物を片づけ書中の理解しがたかったところを考えた
一筋の灯火の下で私の心ははるか昔の人の心と通い合ったのである

(山堂)山の中の家
(
檐鈴(えんれい)軒端の風鈴)
(
沈沈)夜が更けゆくさま
(
一穂(いっすい))燈火の数え方
(
青燈(せいとう)ともし火)
(
万古(ばんこ))はるかな昔


愛誦吟の一つ。1/28の新年会に独吟した。
暖冬の都会では感じられないが、雪国越後長岡の田舎育ちには作者の心境に似たものを感じる。今は積雪は少なくなったが、昭和20年代は深々と積もり続けた。
米百俵で有名な越後長岡藩士小林虎三郎の「清夜吟」にも万古の心が歌われている。
天に万古の月有り
我に万古の心有り
清夜高楼の上
欄に憑っていささか襟を開く
天上万古の月
我が万古の心を照らす

2009年2月14日 (土)

満開の白梅

今年も庭の白梅が満開だ。
今から6年前、奥多摩の吉野梅郷に妻と梅見に行った時一本買ってきたもの。
孫が小学校1年になるのを記念して植えた。
その孫もこの春からは6年生。
妻が見守っていてくれるだろう。

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2009年2月13日 (金)

K小学校4年生との交流

K小学校4年生3クラス108名とのふれあい交流が13日にようやく終わった。車椅子障害者3名と視覚障害者1名が参加した。

ねらい
「レッツ・ふれあい・プロジェクト 2008」

~バリアフリーを考えよう!~

○活動のねらい

・地域のいろいろな方々とのふれあいを通して、

(1)お互いを知り、なかよくなる。

(2)その方々の生活の様子を知る。

(3)相手の気持ちを考えながら、ともにやってみたいことを考え、活動する。

(4)自分自身にできることを考え、一歩ずつ実践していく。

3回の交流活動をもつことで、お互いをよくわかり、より自分自身を発揮できるようにしたい



第1回 出会いの時間は12/16 (これには参加せず)

第2回 活動の時間は1/23と1/30 で外出したクラス、校内を案内してくれたクラスなど別々

41 手押しにして外出







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教室でお話







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校内を案内








第3回 振り返りの時間は3クラスとも思い思いの発表をしてくれた。

94 95






先生の指導力がはっきり分かった。あるクラスはインターネットで車椅子のことを調べたり私の自己紹介を克明に記録したのを発表してくれた。別のクラスは先生が図書館から関係図書を借りてきて視覚障害者と点字のことを発表した。
この二つのクラスはクラスごとに全員の前で発表したが、三つ目のクラスはグループ単位でぼそぼそ。殆ど担任の指導はなかったかも知れない。

自分の4年生時代と比較すると今の子供たちの成長に驚かされる。

2009年2月 6日 (金)

船由良港に至る  吉村寅太郎

(作者)幕末の志士、土佐の人、文久2年京都伏見の寺田屋で倒幕の密議中捕らわれ藩地護送となったが、間もなく許され再び京に上る。攘夷促進・倒幕のために働いたが、天誅組として高取城攻撃の最中重傷を負い戦死する。
享年27

◎文久2年5月捕らえられて船で高知へ護送される途中、都の空を偲んで詠んだもの


(こうべ)を回(めぐ)らせば 蒼茫(そうぼう)たり浪速城(なにわじょう)
篷窓(ほうそう)又聴く杜鵑(とけん)の声
丹心一片 人知るや否や
家郷を夢みず 帝京を夢む


遙か都の空を望めば暮れ行く空にぼんやりと大坂城が見え
船窓にまたほととぎすの声を聞いた
私の心に宿る真心を人は知っているだろか
こうして囚徒となっても夢に見るのは家郷のことではなく都の情勢なのだ


(
由良港)淡路島の東岸にある港
(
蒼茫(そうぼう))かすんでぼんやりしている様
(
浪速城(なにわじょう))大坂城
(
篷窓(ほうそう))とまを掛けた舟の窓
(
杜鵑(とけん))ほととぎす
(
丹心)まごころ
(
帝京)皇居のある都、京都のこと

吟芳流吟扇会の教本には維新の志士の漢詩が多い。漢詩の内容に勢いがあり吟詠にいいからだろうか。宗匠永村吟芳先生がお好きだったからからであろうか。
おいおい掲載していきます。

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